世界天文年2009:ガリレオの生涯 - 5.物理学と天文学の幕開け/実用性を重視した学問への取り組み

5.物理学と天文学の幕開け

実用性を重視した学問への取り組み


科学と実用性

 ガリレオが考えた「科学」には「実用性」が重視された。当時のヨーロッパで学問と考えられていたものは、自由学芸(リベラルアーツ)と呼ばれる、文法・修辞学・論理学・算術・幾何学・天文学・音楽の7学科のことを指す。これらが何から「自由」なのかというと、それは肉体や身体からという意味であり、つまりこれらリベラルアーツは思弁と言葉だけから成り立っているというわけである。一方、絵画や建築、測量といった技術的営みに対しては、当時ヨーロッパにあって軽視・蔑視されていた。しかし、学生時代に師リッチから受け継いだ態度が、ガリレオをそれらの技術に対して真摯に向かい合わせた。思弁を文字にするだけでない、「実用的」な学問をガリレオは望み、それが後世、「科学」と呼ばれることになるのだった。


商人ガリレオ

ガリレオが開発し専売で利益を得た軍事コンパス(画像提供:Istituto e Museo di Storia della Scienza, Florence)。ガリレオが開発し専売で利益を得た軍事コンパス(画像提供:Istituto e Museo di Storia della Scienza, Florence)。 その実用的技術の実践として、ガリレオは「幾何学的・軍事学的コンパス」と名付けた関数尺を発明した。これは定規から組み合わされたコンパスに目盛りがついており、そのコンパスをガリレオが書いた使用手引き書にしたがって使うことで、たとえば、大砲を撃つときの角度と火薬の量を決定することができるのである。1606年までに、ガリレオはこのコンパスを200個以上売り上げた。彼はこのコンパスの作り方と使い方を公表せず、ガリレオに報酬を払った者だけにそれを教授した。このようなある種の専売によって、ガリレオはそれなりの収入を得た。たんなる善良な科学者の枠にとどまらない、商人としての姿をこのときのガリレオに見出すことができる。


力学研究がみのる

傾斜をつけたレール上を転がる球を用いて、模擬的な落体の実験をしているようす(フィレンツェ自然史博物館別館「ガリレオの部屋」の天井画)。傾斜をつけたレール上を転がる球を用いて、模擬的な落体の実験をしているようす(フィレンツェ自然史博物館別館「ガリレオの部屋」の天井画)。 1604年、ピサ大学教授時代から続けていた力学研究が、ついに大きな成果となってあらわれた。物体の落下運動について、それを数式であらわせることを発見したのだった。具体的には、1つに、落下運動によって通過する距離が時間の二乗に比例していること、2つめは、物体は落下距離に比例してその速度を増す、ということだ。前者は確かにそのとおりだが、もちろん、後者は間違っている。距離に比例するのではなく、時間に比例して、物体は速度を増すからである。しかし、ともかくも、ガリレオは、物体の落下運動という自然の現象を数式で表現できることを結論づけたのだ。ガリレオが力学について最終的に考えをまとめるのは、1608年ごろになるのではあるが、この1604年の発見は、確かに物理学の黎明を意味していた。


砲弾の軌道と物理学

 ガリレオが力学の問題に熱心に取り組んだのも、彼が「実学」を重視したからだった。力学の問題は、砲弾の軌道という極めて実際的なことがらと直結していた。
 ところで、ガリレオのこの力学研究の成果が実験によって得られたものか、それとも理論的な思弁によって到達したものか、その判断は難しい。この時代には正確な時計装置もなく適切な実験をする環境はほとんどなかった。実験の結果得られた理論というよりも、自然現象が数学と結びつくのだというガリレオの信念がもたらした発見と考えた方が相応しいだろう。