世界天文年2009:ガリレオの生涯 - 3.ピサ大学数学教授時代/窮屈な大学教育と研究への没頭

3.ピサ大学数学教授時代

窮屈な大学教育と研究への没頭


力学に夢中になる

若きガリレオの肖像イラスト。若きガリレオの肖像イラスト。 トスカナ大公国のピサ大学でガリレオが担当したのは、ユークリッド幾何学とプトレマイオスの天文学書の注釈だった。ガリレオはあくまで数学教師だから、理論的あるいは実際的な天文学を教えることはなかったはずである。理論的な天文学は、哲学者がアリストテレスの著作に基づいて講義しており、ガリレオの領分ではなかったのだ。
 この頃、ガリレオが夢中になっていたのは、力学の問題だった。運動、とくに自由落下の問題に取り組み、重さの異なるふたつの物体の落下速度について考察を巡らしていた。ガリレオの有名な逸話に「ピサの斜塔の実験」というものがある。斜塔のてっぺんから重さの違う二つの重りを落として、どちらが先に接地するかを実験した、というものだ。けれども、ガリレオが実際にこの実験を行ったという資料は見つかっていない。思考実験としては考えていたようだが、実際の実験は行っていなかったようだ。このように、伝説がいろいろとあるのもガリレオの偉大さを示しているのかもしれない。


ピサの名所「斜塔広場」のパノラマ画像。ピサの名所「斜塔広場」のパノラマ画像。

多くの観光客で賑わう。多くの観光客で賑わう。

ガリレオの名とともに不滅のシンボルとなったピサの斜塔。ガリレオの名とともに不滅のシンボルとなったピサの斜塔。

文芸評論

ピサ大学の講義室にあるガリレオの全身像。ピサ大学の講義室にあるガリレオの全身像。 また、ガリレオはこのピサ時代に文学にも傾倒している。タッソとアリオストという二人の詩人についての文芸評論を記している。ガリレオは端正で豪奢なアリオストの詩を好んだという。
 この文芸評論はもちろん、力学についての研究も、ガリレオは大学でそれを教えることはなかった。大学での講義内容というものは教師の裁量で決められるものではなく、ガリレオは旧態依然とした学問を教えるしかなかったのだ。自分が学生のときに不満をもった講義内容を、ガリレオは、自身が教師であるにもかかわらず、それをそのまま教えなければいけなかった。